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[04.28/]
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@kiz_too



 

 錠剤の糖衣を舐め尽くしてしまうようなものだ。

 黄と白の陽光が差して、机の上に区画を作る。教科書が明暗に分断される。化学教師の声は遠い。冬の席替えで私は窓際の一番後ろの席を獲得した。窓の外では風に木々が震えている。情も湿っぽさもない冬らしく乾いた昼。今日の明け方に読み終わった本は装丁が美しくて物思いを邪魔しなかった。

 39冊のノートには板書の文言が刻まれてゆく。遅々として進まない時計の針。

 睡眠のために誂えられたような状況だ。それでも私が、授業に身も入らず、かと言って眠ることもせず、ぼんやり教科書を眺めているのには理由がある。

 私の前の席に座る男は伊崎という名前だ。いざきではなくいさきである。濁らないんです、と自己紹介のとき言っていた。そしてそれは浸透した。クラスのほとんどの人間が、彼の名をきちんと澄ませている。私はまだ彼の名を呼んだことがない。

 彼は鉛筆を使っている。だ。彼の筆致を見るたびに、しるす、という言葉の源を思い起こす。記すはつまり印すである。彫るということである。彼の記す薄い文字の色は、硬く黒い粉というより陰った白に見えるから、まるで本当に、ノートを彫っているようだと思う。

 彼のシャツの襟の部分はいつも崩れている。きちんと折られずに、わずかに反り返ってしまっている。おそらく前はきちんとしていて、後ろ側の異変などに彼はまったく気がついていないのだろう。

 彼は授業中、上履きを脱ぐ癖がある。授業が始まるとまずかかとが外れる。それからしばらく、彼は足をぶらぶらさせる。三十分も経つとついに彼の上履きは完全に彼の足を外れてしまって、彼の机の脚が作り出す枠内に落ちる。おそらくすべて無意識のうちで、彼は至極真面目な表情で授業を受けながら、足を勝手に遊ばせている。

 三ヶ月前、人のたくさんいる廊下で、腹痛のあまり座り込んでしまった私を、唯一助けてくれたのが彼だった。彼は慎重に私を立たせて、私の体重を引き受けながら、保健室までつれていった。私を引き受けた養護教諭が私をベッドに横たえるのを確認した彼は、何事もなかったかのように、安心した顔をして帰っていった。

 彼にはとびきり可愛い恋人がいる。隣のクラスの写真部の女の子で、はたから見ていても仲が良い。よく二人でいるところを友人らにからかわれている。

 空は晴れている。

 小学生になって、与えられる薬の形式が粉薬から錠剤に変わって、その薬には甘いコーティングがなされていた。それを口の中で転がすのは楽しかった。甘いものは好きだった。しかし油断してからしばらくたつと、嫌な苦味が舌を襲う。一度コーティングが失われてしまうと、苦味はどんどん溶け出してきて、その度「普通に飲めば良かった」と思うのだ。それが毎度のことだった。かならず後悔することになるのに、何回だって舐めてしまう。何度も何度も繰り返して、いつしか、苦味を期待している。油断した隙を襲われる機会を、待ち望んでいる。

 チャイムが鳴った。

 今日の放課後、いざきくんに告白をすることにした。

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