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[04.28/]
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@matsume_haco



 

 ドアを一枚挟んで、合唱部の歌声が聞こえてくる。平凡な歌声の中に、たった一つ、光る声がある。

 廊下の壁に背中を預けて、もう一時間ほど彼を待っている。これはほとんど毎日の習慣だ。どうせ彼以外は大したことのない部員ばかりの部活なのに、彼の頭にはそんな意地悪な考えなど少しもないようで、彼は実に積極的に部活動に取り組んでいる。私としては気分がよくない。もっと私に時間を費やしてほしい。

 夏はまだよかったけれど、冬の廊下は最悪だった。彼のために出した足は無残にも冷えていく。動きのある放課後の校舎の中で、私一人だけが停滞している。やってられなかった。

 毎日恒例の数時間の暇の中で、もっぱら私は妄想をする。現実にはかなわないような想像だ。例えば、「もし彼と私の間でテレパシーが使えたら」。

 もしテレパシーが使えたら、どうせ大会行ってもいい成績残せないんだからあなたが本気になるだけ無駄だだよっていうか多分ほかの部員の人もあなたが頑張っちゃう方が辛い気持ちになると思う才能ある人が自分に才能あること分かってない様子を間近で見せられるのきついもん、という私のおせっかいが伝わるし、「ファンです」とか言われちゃって嬉しいのは分かるけどせめて内心にとどめて私の見てる前ででれでれしないで、という私の嘆きの重さもそのまましっかり伝わるだろう。もっと一緒に遊びたいとか、一緒に居る時間を作ろうと努力してほしいとか、どういう気持ちでこうやって、寒い廊下であなたを待ってるのか、とか、そういうもやもやした気持ちもきちんと伝わるはずだ。

 こうして思い返すと、なんだかむしゃくしゃしてくる。伝えられていないことばっかりだ。分かってもらえないことばっかりともいう。それにもしかしたら、彼の方にも私に伝えられていないことがいっぱいあるのかもしれなかった。ますますやってられない。

 はあ、とため息をついて、身体を緩めた時、ハーモニーの中でとびぬけて目立つ美しい歌声が一つ、耳に入った。

 濡れていて軽くて透明だけど色がついている声が、一瞬溶けて、また存在感を増して、美しい音程を流れるように描く。弾んで、深くなって、色を増して、そうするともう、鼓膜から心臓まで一直線だ。

 もし、もしテレパシーが使えたら。先ほどの妄想を思い出す。心臓が歌声に合わせて揺れていた。それでも多分私は、彼の声で聞きたい。

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