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手束はじめ様
お久しぶりです。先日はお手紙をどうもありがとう。まさか君から手紙が来るなんて思わなかったから、仕事から帰ってきて、ポストの中で君の字を見つけた時、とても驚きました。あんまり驚いたので、ポストから急いで手紙を取り出して、待ちきれずにエレベーターの中で封を開けたほどです。君が手紙を出すなんて、よほどのことがあったのだろう、と思いました。
手紙を読んで、少し迷って、自分の部屋に入って、もう一度ゆっくり読んでから、返事をすることに決めました。多分君は、僕の返事を必要としていないだろうけど、この手紙を最後まで読んでもらえると嬉しいです。
まずは、結婚おめでとう、と言わせてください。本当におめでとう。君がこれから家庭を築いていくのだと思うと、とても感慨深いものがあります。お相手の方を大切にして、ちゃんと幸せになってください。
結婚式を行うとのことですが、残念ながら僕は出席できません。祝電も送れないでしょう。僕も、ぜひとも出席させてもらいたかったのだけれど、とある事情があって、出席できそうにないのです。というのも、僕は明日には死んでしまうことになっています。残念ですが、幽霊の身空で式に出席することはできません。
君は手紙で自分のことをあんなふうに言ってのけましたが、僕は少々あれには異論があります。君はずぼらで、礼儀や常識に昏くて、無鉄砲で、刹那的な人間です。けれど優しい人であることも確かです。そこのところは僕が保証します。
手紙をもらって、そこに長々書かれた謝罪の言葉を読みながら、僕は想像しました。付箋の付いた雑誌やカタログに囲まれた君は、どうかしてる味のインスタントコーヒーを飲みながら、今の幸福な現状に浸って、ふと、昔のことを思い出した。僕のことを思い出した。そうして、多分君は後悔したのでしょう。苦い気持ちになったのでしょう。だから僕に謝罪の手紙を書いた。
君は優しい人です。本当に優しい人でした。君は過去、持てる言葉の全てで僕に愛情を示したし、僕もそれをありがたく受け取りました。君は優しいから、自分の発した言葉の通りに自分が行動できなかったことを申し訳なく思っているのだろうと思います。けれど、言葉というのは、いつもその内容に重きが置かれるわけではないのだと僕は考えます。過去の君の言葉に関しても、言葉の内容そのものより、その言葉を言わずにおれなかったひたむきさを、感情の迸るさまを、僕は嬉しく思っていました。「永遠」という言葉そのものより、そんな大層な、日常では到底使わないような言葉を、君みたいな人が口に出す、そういうことが嬉しかったのです。
僕は明日死ぬでしょう。もちろん本当に死んでしまうわけではありません。君の言った「永遠」と一緒です。言葉の意義それ自体に、いつも重きが置かれるわけではありません。
僕は明日死ぬでしょう。だから、君は僕を忘れてしまっていいのです。僕をなかったことにしてしまってください。死んだ人間について悩む必要はありません。死んだ人間にあんな謝罪をする必要はありません。死んだ人間を結婚式の会場で見る必要もありません。ハレの日に、もう死んでしまった人間のことで、自分の過去を後悔する必要なんてありません。
君と過ごした時間は、僕にとって夢のようなものでした。君もそう思っていてくれると嬉しいです。あんなに若かった日のことなんて、長く生きた今の僕たちから考えてみれば、たった一日ほどのきらめきでしょう。
久しぶりに君の字が見れて、嬉しかったです。
今から言う言葉を、僕の遺言だと思って、どうかこの二つだけは、言葉の意味そのままに、覚えていてほしいです。結婚おめでとう。幸せになってください。
瀬村光毅